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1月20日は玉の輿の日。その由来となったモルガンお雪とは?

1月20日は「玉の輿の日」

明治時代に、日本人の芸妓さんがアメリカの大金持ちに見染められ、結婚して海を渡って“日本のシンデレラ”と呼ばれたことから制定された日が、この「玉の輿の日」なんです。

その芸妓さんの名前は、モルガンお雪

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「玉の輿の日」なんて日があることはもちろん、その由来モルガンお雪という芸妓さんの国際結婚にあったなんて、思いもよらない人がほとんどではないでしょうか?

とは言え、玉の輿といえば、女性のほとんど(誰も?)が一度は夢見るものに違いありません。

そこで、今日はそんな

「1月20日は玉の輿の日。その由来となったモルガンお雪とは?」

について調べてみました。


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<そもそも、「玉の輿」の語源は?>

まず、“玉”、“輿”、それぞれの意味を調べてみましょう。
すると・・・

玉・・・玉は、もともと美しいものの総称。(古くは、宝石のことも意味していました。)
輿・・・輿は、貴人を乗せて運ぶ立派な乗り物のこと。(例えば、神輿は神様を運ぶ乗り物です。)

こうした二つの言葉を合わせて、

貴人が乗る美しく立派な乗り物のことを“玉の輿”と呼ぶようになった

というわけです。

そこから、やがて

身分の低い女性が身分の高い人と結婚して裕福な立場になることを「玉の輿に乗る」と表現するようになっていきました。

俗に言う「逆玉(ぎゃくたま)」は、男性が金持ちの女性と結婚する場合の表現ですよね。

<玉の輿の日の由来となった芸妓さんとは?>

アメリカ政府に直接的な影響力を持つとまで言われていたモルガン商会創始者の甥にあたる、ジョージ・モルガンが来日の際に見染めた京都・祇園の芸妓の名は、雪香。

本名は加藤ユキと言います。

姉が祇園でお茶屋兼置屋「加藤楼」を経営していたことから、十四のときに芸妓となりました。

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そんなユキ(雪香)と出会い恋に落ちたジョージ・モルガンは、

彼女から結婚の承諾を得るまでに4年間のうちに3度来日し、
彼女を見受けするために当時のお金で4万円(今の感覚で言えば、おそらく2億~3億円)を支払った

そうです。

そりゃ、「日本のシンデレラ」と呼ばれますよね…。

<「玉の輿の日」の由来となる、モルガンお雪の誕生>

モルガンと出会った当時、ユキは20歳。

京都帝大に通う恋人がいたのですが、モルガンの求婚騒動が新聞に掲載され破局に。

(いつの時代も、ゴシップに対するマスコミと大衆の興味と影響力の大きさは変わらない気がしますね。)

結局、ユキはジョージ・モルガンとともにアメリカに渡りますが、当時のアメリカの移民に関する法律のために、アメリカへの帰化は許可されませんでした。

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1904年(明治37年)1月20日にモルガンと横浜で結婚。

1905年(明治38年)モルガンとともに一時日本に帰国しますが、またもやマスコミの「金に目がくらんだ女」などの報道に煽られた世間の好奇の目にさらされ、結局、2年の滞在後、フランスのパリに渡ることに。

1915年(大正4年)お雪34歳のこの年、ジョージ・モルガンが心臓麻痺で死去。(モルガン44歳)
遺産相続をめぐってモルガン一族と裁判。最終的に当時の金額で60万ドルという莫大な遺産を手にするも、米国籍は剥奪(はくだつ)、無国籍者となり、再びフランスへ。

1916年(大正5年)フランス陸軍士官で言語学者の恋人、サンデュルフ・タンダールとマルセイユに居住。モルガンから受け継いだ遺産を彼の学問援助に費やす。

1931年(昭和6年)スタンダールが心臓麻痺のため死去。ニースに移り住む。

1938年(昭和13年)第二次世界大戦の勃発を機に日本(京都)に帰国。しかし、無国籍のままだったことから、軍政下で財産の差し押さえを受ける。(日本の敗戦後に財産相続権を回復)

その後、キリスト教の洗礼を受ける。洗礼名はテレジア。

1963年(昭和38年)急性肺炎により死去。

こうして、その人生を見てみると「玉の輿」という言葉の持つイメージとはかなりかけ離れたといっていいほど波乱万丈の人生ですよね?

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<舞台になったモルガンお雪>

彼女の人生は、モルガンお雪としての、時代を背景にしたそのドラマチックな生きざまから、さまざまな形で舞台化されています。

中でも、1951年(昭和26年)2月6日に幕を開けた「モルガンお雪」は、帝劇(帝国劇場)ミュージカル第一回公演としてかなりの大作だったことが記録されています。

初の国産ミュージカルで、主演は宝塚歌劇団花組男役トップスターだった越路吹雪

ただ、実在の人物をドラマ化するときにはありがちなことかも知れませんが、その物語に事実と異なる点が多いということで、当時69歳だったお雪さんご本人は、このミュージカルを「名誉棄損、人権蹂躙だ。」と抗議したそうです。

当時、神父にしか会わないと言われていたお雪さん。

このミュージカルの企画者・秦豊吉(日本初のストリップショーを成功させたプロデューサーで、翻訳家)はそんな彼女を尊重し、公演前にお雪さんご本人への挨拶を控えたことを悔やんだことを文章に残しています。

「1月20日は玉の輿の日。その由来となったモルガンお雪とは?」

について調べてみると、そこには深い人間ドラマがありました。

もし、玉の輿に乗れたとしても、やっぱりの先の人生は自分次第、ということでしょう。

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どんな人生を歩むにしろ、自分に素直に、正直に、まっすぐに進んでいくことが大切

もしかしたら、「玉の輿の日」はそんなことを教えてくれる日なのかも知れませんね。

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